IndeX >>> Vampire Love



 T.Vampire Love <2>



 誰だって苦手なものの一つや二つあるはず。
 私の場合、それが現実的なものではなく、極めて非現実的なものだったりする。
 云うと大体の人に笑われるから人に云わないけど、それは、“吸血鬼”
 物心付いたときからその手のものは身体が受け付けないらしく、うちの家ではその類の話はタブーになるほど。
 今にして思えば、何でそうなったのか、本人さえも思い出せないんだけどね。


 席替えが終わってから数日たった。
 最初の頃は朝、間違えて、前の席に行きそうになったこともあったけど、今はもう間違えたりしない。
「おはよう、塚山さん」
「おはよ…」
 碓氷くんの転校初日から席が隣になった私は、何かと彼と話すことがある。
 転校生だから、右も左も分からないだろうし、授業の進み具合も分かんないだろうからそれも仕方ないと思うけど。
 けど…なんか、私はこの碓氷くんが苦手だったりする。
 何でかって聞かれれば、何でなのって自分でも思うんだけど。
 でも、なんだろう、こう、言葉では言い表せないんだよね、こればっかりは。
 だからかな、私から碓氷くんに話しかけることはそんなにない。
 挨拶くらいはするけどさ。
 それに、彼の周りには女の子が誰かしらいるから、私が面倒見なくてもいいわけで、ラッキーだったりする。
 なるべく私は休み時間は雪野の近くに行ってるし、お昼御飯も雪野の前の席を借りている。
 ここまで徹底する必要はないんだけど、どうしてだか、こう、身体が避けちゃうのよね…。それに何か碓氷くんの視線をたまに感じるし…

「碓氷くん、ほんと、人気者だね」
 私は雪野の前の席の人がしょっちゅう出払っているのをいい事に、毎度のようにそこに座っていた。
「そうだねぇ…」
 感嘆の息を洩らした雪野に比べて私は気のない返事だと自分でも思う。
「ひなちゃん、碓氷くんに興味ないの?」
 雪野は別に碓氷くんのことを特になんとも思ってないらしく、ただ単に遠巻きに見ている一人だ。
「ぜーんぜん、無い」
 きっぱりはっきり言い切っちゃう私に雪野は苦笑する。
「ひなちゃん、男の子に興味ないの?」
「ぅ……そ、そういう雪野はどうなのよ?」
 質問には質問を。これが逃げの第一手と私は学習している。
「ええ?!わ、私…?」
 そんな私の胸のうちなんか知らない雪野は、あからさまに反応して、顔を赤らめた。
 見ているこっちまで照れる…
「いるの?」
 そういえば、入学してこっち、雪野とこういう話はしたことなかった。
 それは、ただ単にお互い遠慮していたとかじゃなくて、自然な流れ。
 私も、今は特に恋愛とか意識してなかったから、奥手そうな雪野もきっとそうなんだって思ってた。
「う、うん…」
 蚊の鳴くような声って例えは雪野のためにあるんだと私は思う。
 それくらいちっちゃい声で雪野はこくんと頷いた。
「そっか、いるんだ」
「か、片思いだよ!私の!」
 慌てて付け足す雪野の顔はほんとに真っ赤。
 可愛いなって思う。
 あんまりいじめるとかわいそうなのと、もうすぐ次の授業の先生が来るから、その話はそこで終わらせた。
 5限目は英語の時間。
 何を隠そう私は英語が大の苦手。
 日本人なんか「I can't speak English」さえ云えたらいいのよ。って思うくらい苦手、嫌い。
 だから、さっぱりわかんなくて、先生の言葉も宇宙語に聞こえるから、いつもこの時間はぼーっとしてる。
 ノートだけは定期テストのためにしっかりとるけどね。
 今日も、いつものようにぼーっと手だけ動かしながら授業を受ける。これが悪循環だとはわかっていても、中学の英語で置いていかれた私には追い付くのはなかなか難しい。
 だからやっぱり他事に気がいっちゃうわけで、頭の中を占めているのは、先ほどの雪野とのこと。
 高校に入って何が変わったかって、それは男女の関係だと思う。
 中学まではまだ結構子供な子も居たから、一緒になって騒いだりとかが日常で。
 でも、高校になったら、入学したてから男子は男子、女子は女子で固まってた。
 だんだん日が経つにつれ、誰と誰が付き合ってるとか、そういう噂も入ってくる。
 正直、私はまだそういうのについていけなかった。
 初恋もまだの私は、他の子たちとそういった会話で盛り上がることも出来ない。
 だから、雪野に好きな人がいるって聞いたとき、ちょっと羨ましかった。
 片思いっていってたけど、雪野はあんなに可愛いんだからきっと告白したらきっと上手くいくんだろうなって思うから。
 悶々と、そんなことを考えていた私は、そのとき、当たる順番が近づいてることに気づかなかった。 
「次、塚山」
「ぇ…あ、はっ、はい」
 いきなり呼ばれた自分の名前にはっとして、急いで教科書を見る。
 随分トリップしてたから、今がどこのページでどの行かなんてさっぱりわかんない…
 どうしよう、分からないって云おうか、でも…
 そうぐるぐるとパニックしていると、横からコンコンと机を叩かれる。
 碓氷くんだ。
「36ページ5行目から、読むだけ」
 視線はノートに写したまま、こそっと教えてくれた。
「えっと…」
 私は慌てて捲って読み始める。
 一番後ろの席だったのと、先生は手元の教科書に目を落としていたから、こっちを見られていなくて助かった。
 たどたどしくだけど、一応読み終え、安堵する。
「はい、次、碓氷」
「…はい。My Chinese friend once told me that.........」
 隣の席で折り返し碓氷くんが当たるんだけど、やっぱり碓氷くんの発音は完璧だった。
 流石、どこの国からか忘れたけど、帰国子女だけある。
 先生さえ、碓氷くんの発音に聞き入ってるんだから。
「はい、よろしい。」
 満足そうに頷いて、先生が今度は板書に移った。
 先生がこっちを見ていないのを確認して、私は碓氷くんに話しかける。
「ありがとう、助かった…」
 それだけ云うのにも、私には結構勇気がいるんだけど、碓氷くんはそんなことは気づかずに、笑って「どういたしまして」と微笑んだ。
 一応お礼は言ったから、慌てて私は前を向く。
 もう当分当たることはないけど、形だけでもちゃんとしなきゃ、という思いもあるけど、やっぱり碓氷くんとずっと目を合わせるというのに耐えられないというのもあったから。
 だから私は気づかなかった。碓氷くんが傷ついた顔をしたことにも。
 その後も私をみていたことにも。
 
 
「塚山さん、ちょっと…」
 放課後、さあ帰ろうかと身仕度を整えて荷物に手をかけた瞬間、私は誰かに声をかけられた。
 視線を上げて声の主をみると、そこにいたのは私の知らない男子だった。
「…?」
 まだ入学して一月。それなりにクラスの人達とは話してるから顔くらいは覚えて来てるんだけど、やっぱり目の前の彼には見覚えがない。
「俺、隣のクラスの三井っていうんだけど」
 目の前の男は三井と名乗ったからそれが名前だろうけど、やっぱりどこにも彼と自分との接点が思いつかない。
「三井くん?何の用かな?」
 彼の表情は物有り気な含んだものにみえた。そうまるでチャシャ猫のような。
 制服もかなり着くずしていて、だらしない。多分、本人はそれが格好いいとでも思ってるんだろうけど。
「ちょっといいかな?」
 相変わらずの笑みで口角を上げながら、三井くんはそう口を開いた。まるで断られるなんて想像もしてなさそうな態度で。
「何を…」
 さっぱり意味のわかんない私は多分それが表情にも出てると思う。
「ちょっとここだと…ね?」
 いや、「ね?」云われてもわけ分からないです…
 なんか三井くんの雰囲気に押されて渋々私は付いていくことにした。
 彼はあんまり私の好きな人種じゃないと思う。
 話だって合いそうにない。
 そんな彼が私に何の用だろうか。
「それで、話なんだけど」
 階段のところまで付れていかれて、そこで三井くんが改めて話を振ってきた。
「うん、何?」
 話を聞きながらも、私は手に持っている荷物の重さのほうが気になっていた。
 英語の辞書に教科書、ノート。いつもは置き勉の勉強道具も課題が出た日はお持ち帰りだ。
 ただでさえ点数はいつも悪いのだから、課題で点数を稼ぐしかない。
 たとえ全て間違っていようと努力は汲んでくれるだろう…
「……だ」
 そんなことを考えていた私が、目の前の相手の話をまともに聞いているはずもなく。
「え?」
「だから、付き合って欲しいんだ」
「なんで…」
 多分、私は場の雰囲気にそぐわない返答や間の抜けた顔をしてるんだと思う。
 けど、分かってほしい!
 私はこういうことに慣れてないのよっ
「塚山さん可愛いし」
 いや、答えになってない…
 普通そういうときは何かこう、例えば落とし物を拾ってくれたことがきっかけでとかなんかあるんじゃないの!?
 少女漫画の読みすぎだとまわりに笑われそうだけどさ。
「塚山さん、大和撫子っていうか日本人女性っぽくていいなって」
 ほう、大和撫子ですか…
 それってあの歩く姿はユリの花で、文武両道の女性の事よね。
 残念ながら私は運動神経くらいしか取り得ないんですけど
「付き合おうよ」
 人が返事していないのをどう捉えたのか、目の前の男はまるで自信満々に云ってくる。
「いや、あの…」
 どうしたもんかと考えていると、目の前の三井くんが何か近づいてきてる気が…
 思わず一歩後ずさるけど、悲しいかな歩幅の差か三井くんの方が早かった。
「っ…」
 ひぇっ
 この人髪触ってきたよ…
 嫌だ、気持ち悪い…
 逃げようとしたけど、いつのまにか右手首を三井くんに捕まれている。
「やめて」
 何とか言葉を洩らすけど、それが三井くんに受け入れて貰える筈もなく、目の前の相手はあの薄気味悪い笑顔を讃えたままだった。
「ね?」
 顔が近づいてくる。
 避けようと顔を逸らすと、いつのまにか壁際に追い込まれていた。押しても引いても目の前の相手はびくともしない。
 どうしよう…泣きたくなってきた。
「ゃ…」
「何してるの?」
 後少しと云うところで、誰かの声が聞こえた。
 三井くんは反射的に飛び退く。
 私は少し歪んだ視界でその声の主を探した。
 誰だろうという疑問はすぐに消える。
 …碓氷くんだ。
 何でこんな所に彼がいるのかは分からないけど、私は助かったことに安堵した。安心からか指が震えてきた。
 直ぐ様、碓氷くんが近づいて来て、私を背中に回して三井くんと対峙する。
 私は彼の背中に隠れているから分からないけど、三井くんの表情が見る見る変わっていく。
「生徒指導に伝えとく」
 碓氷くんがそう口を開くと慌てたように方向を変えて逃げていった。
 格好付けてた割にあっけない。
 情けない彼の背中を見送っていると、前に立って壁になってくれていた碓氷くんがこっちを向いた。
 振り向いたときの碓氷くんの表情は怒りを顕にしていて、私は思わずびくっとなった。
 そんな私の様子に気付いて、ふっと瞳を和らげる。
「…大丈夫?」
 伺うような、優しい表情。
 いつもの碓氷くんだ。
「う…うん…」
 言葉がもつれそうになるのを必死に耐えて答える。
 碓氷くんが腰を曲げていつのまにか振り落としていた私のカバンを拾ってくれた。
 ありがとう、と云いながら受け取ろうとするけれど、震える指先が邪魔をする。
「落ち着いてからでいいよ」
 普段より一層優しい碓氷くんの声音。
 いつもの私だったらどんなに優しくされても甘えたりしないと思うけど、今の私には碓氷くんの存在がありがたかった。
「ひっく…」
 後からこぼれてくる涙が止まらない。
 こんな所で泣くなんて…
 でも、崩壊した涙の決壊は、中々止まってはくれない。
 碓氷くんが、ポンポンと頭を撫でるから、余計に涙は止まってくれない。
「もう大丈夫だから」
 その言葉が、なんでかすごく安心できて。
 だから、私は小さな子みたいに泣き続けた。
 こんな泣き方なんか、ずっとしたことなかったのに。
 しばらくすると、自然に涙は落ち着いてきて、後に残る嗚咽も、落ち着いた。
 改めてさっきのことを思い返すと、自分の醜態に恥ずかしくなってくる。
 恐る恐る顔を上げて目の前の碓氷くんの姿を確認すると、彼は笑うどころか、心配そうに私を気遣ってくれていた。
「ご、ごめんなさい…それと、ありがとう…色々」
 迷惑をかけたんだろうなと、素直に謝ってお礼を言う。
 今日2度目だ、碓氷くんに助けられたの。
 それがちょっとおかしくて、少し笑うと、それを見て、碓氷くんは安心したように笑った。
「いいよ、でも、来てよかった」
「…知ってて来てくれたの?」
「うん、丁度、ひ…塚山さんが連れた後に戻ったんだけど、クラスで話題になってたから。」
 そっか…考えてみたら、結構人居るところで連れ出されたんだ…
 噂になってそうで嫌だな…。
「そっか…でも、何で来てくれたの…?」
「それは…」
「?」
 碓氷くんは、ちょっと考えた後、笑って続けた。
「それは、宿題にしようか」
「宿題?」
「そう、宿題。期限は決めないから考えて」
「ええ…?」
 突然の碓氷くんの答えに、私は良くわかんなくてついていけない。
 でも、碓氷くんはもう答えるつもりはないらしく、それ以上は笑って教えてくれなかった。
 教室に再び戻ったときにはもう誰も居なくて、私は碓氷くんと校門を出ることになる。
 送ってくれるという申し出に、悪いからと一度断ると、それでもと送ってくれることになった。
 苦手だった碓氷くんが隣を歩いてる。
 不思議な気分。
 今は…うん、それほど苦手でもないかな…
 他愛も無い学校の話とかしてる間にうちにはついた。
 送ってくれて、碓氷くんも「また明日」と去っていく。
 それがあまりにも自然だったのと、話で気がまぎれてたから、その時は気づかなかった。
 私が家を教えていないのに、碓氷くんは一度も訪ねることなく送り届けてくれたことに。
 それに気づいた時には、碓氷くんの姿は見えなくなっていた。