IndeX >>> Vampire Love



 T.Vampire Love <1>



 現代社会において、吸血鬼の存在は現実のものとして認識されてはいない。
 十字架やにんにくを嫌っているとか、鏡に映らないとか、太陽の光を浴びると塵と化すなど、様々な言い伝えがある。
 そんな中、唯一、変わらずに言い伝えられている一説があるとすれば、吸血鬼の語源でもある、「人の血を吸う」ということくらいだろう。



「日向ー、遅刻するわよー?」
「ぅ…えぇ…?」
 呑気な母の呼び声で夢世界から一気に覚醒し、携帯の時計で時間を確認すると8時10分のデジタル表示。
 いくら学校が近いとはいっても、家からは走って8分は掛かる距離。
 20分には家を出ないといけない。
 そう考えると…ヤバイ。用意する時間も含めて約10分しかないではないか。
「きゃー!遅刻するー!今月あと一回遅刻したら校庭草むしりなのにぃ〜〜!」
 私はすぐさま飛び起きて、まずは着慣れた制服に袖を通した。
 濃緑のチェックのブレザーで、下はプリーツのちょっと膝上スカート。
 今は秋だから、長袖のブラウスに赤いリボンをつけて、上からスカートとおそろいのベストを着る。
 有名デザイナーがデザインしたとかで、結構可愛いって地元では有名な制服。
 だけど、だけどっ、朝にはボタンも少なくてぱっと着替えが出来るセーラー服が一番だと思う!
 中学のときはセーラー服だったから、朝はとっても簡単だった。
 なぁんて事を考えている余裕は今の私には無い。
 カバンを持って携帯で時間を確認しつつ階段を駆け下りる。現在8時13分、よしよし。
 急いで洗面所に駆け込んで、歯磨きをして顔を洗って簡単に化粧水を付け、最後に自慢の長い黒髪をブラッシングする。
 流石にお化粧まではしない。まだ高校生だからね。しても軽くリップくらい。
 軽く鏡で全身を確認して、くるっと一回り。
 そしてそこからばたばたばたっとリビングに移動して、まだ暖かいお弁当をお母さんから受け取る。
「御飯は食べていく?」
 お母さん呑気すぎ!私急いでるの!
 横目で恨めしげに母を睨むと、「起こしたのに起きない日向が悪いんでしょ」と正論を投げつけられる。
 うう、言い返す言葉も無いし、言い返してる余裕も無いのだ、今の私には。
 携帯の時計で現在8時19分ジャスト。よし、何とか間に合う。
 玄関に移動して、これから走るため、しっかりとローファーを履いて、トントンと確認する。
「じゃあ、いってきまーす!」
 一応玄関まで見送りに来てくれた母への挨拶もそこそこに、私は家を後にした。
 最近は中々朝も起きられなくて、私は毎日こんな調子だ。お母さんも中学までは義務教育で親の責任だからと朝もきちんと起こしてくれてたけど、最近はこんな感じでぎりぎりまで起こしてくれない。
 私ももう高校1年生で、もうすぐ16になるんだから、しっかりしないと、とは思うけれど現実は難しい…
 なんて事を考えながら走って走って走って、なんとかぎりぎり閉門に間に合った。
 よ、よかった〜
 ぎりぎりで教室の後ろの入り口から駆け込んで席に腰を下ろすと、私の親友でもあり、今は席も前後の立花雪野が振り替えってきた。
「ひなちゃん、おはよ」
 雪野はふわぁっとした優しい雰囲気の可愛らしい娘さんだ。
 私の名字が塚山で、入学してから出席番号が前後という関係で最初話して仲良くなったんだけど、お互い気が合ったから入学して一月ほどたった
今でも私たちはこうして一緒にいる。
 健康と運動神経だけが自慢の元気娘の私とは違って、おっとり系の雪野は部活も家庭科部で、同性の私から見ても羨ましいくらい女の子らしい女の子だ。
「おはよう〜」
 疲れて机にへばっていたけど、私は少しだけ顔を上げて雪野を見た。
「ひなちゃんは本当に朝弱いね」
 雪野がくすくすと可愛らしく喉を鳴らしながら笑っている。
「あ、朝だけは本当無理…」
 苦笑気味にぐたーっと机にくっつく。
 走ったとこで熱いからこのひんやりとした机の冷たさが心地よい。
 そうこうしてるとチャイムが鳴った。
 もうすぐここに先生が来て朝のSHR(ショートホームルーム)が始まる。
 それを合図に雪野も前を向こうと体を直そうと身じろぐ。
 振り向き際、思い出したように「今日転校生が来るらしいよ」と教えてくれた。
 転校生かぁ…
 楽しみではあるけれど、私たちは一月程前に入学式を終えたところで、こんな時期はずれの転校生が来ることにちょっとびっくりした。
 まあ、でも、転校なんてのは大体が親の事情なわけだから、いくら私が考えたところで意味はない。
 だから、この時の私は女の子だったら仲良くなれたらいいなぁ、くらいにしか考えていなかった。
 
 ガラッと勢い付けて教室の扉が開く。
 誰だか分かっているけど、今日は転校生が来るから余計に生徒の視線はそこに集中した。
 生憎入ってきたのが先生だけだったから、クラス中がかすかに騒めく。
 先生は予想どおりと言わんばかりに私たちを見渡し、その顔にまるで悪戯が成功した子供のような笑みを乗せた。
「お早よう、この様子だと皆もう何人かは聞いてると思うけど、今日は転校生を紹介するわね」
 まだ25才で私たちと年も近い分、話も合って生徒からも人気のある川西先生が、いつもより幾分機嫌良く私たちを見る。
 先生の視線が意味するところにその噂の転校生かいるというなら、教室のドアの前に待機しているのだろう、この様子からして先生の趣向で。
「喜びなさい、特に女子っ。彼はすごいわよ」
 意味深に笑って川西先生が私たちとドアの外の転校生を見た。
 女子は期待にきゃあきゃあ騒いで、男子はちょっと残念そう。
 そんな生徒たちの様子にくすくすと笑いながら、先生がドアの外に聞こえるように声を上げて彼を読んだ。
「碓氷君、入って」
 呼ばれて少しして、すーっと扉が開く。
 もちろん、教室中の視線がそこに釘付けで、いつもはうるさい教室がシーンってなってる。
 私だったらきっと緊張して逃げちゃいそうだ。
 一歩、ドアから彼-----碓氷くんが入ってきた途端、教室中がざわめく。
 でも、私もその気持ち分からないことない…
 だって、入ってきた転校生は、日本人の規格からはかなり離れたかなりの美少年だったから。
 金髪に近いような薄い栗色の髪の毛に、色素の薄い透けそうな白い肌。
 おまけに、長身…多分、180cm以上あるんじゃないかと思う、うん。
 みんながそれぞれに見惚れてる間にも、彼は特に気にせずスタスタと教壇まで歩いて、先生の横に着いた。
 それを確認して、先生が今度は生徒に視線を戻す。
「彼が噂の転校生よ。さ、碓氷君、自己紹介して頂戴」
 川西先生に促され、碓氷君は伏せ目がちな目を開いて、ゆっくりと確認するように教室を見渡した。
 ん…?
 なんか、今、目が一瞬合ったような気がするけど、気の所為だよね…?
 でも、確かに今一瞬彼と目があった。
 やだな、私、自意識過剰?見渡したんだからそりゃ、彼を見てたら合うよね。
 そう思い直して、また彼を見ると、やっぱり彼は私を見ていた。
 だって、目が合った途端ちょっと笑ったんだよ?
 気の所為じゃないと思う…
「碓氷十夜です。最近、帰国したばかりなんでよろしくお願いします。」
 彼は、ハスキーな声に流暢な日本語を載せ、その端正な顔をふわっと和らげて、微笑んだ。
 …これが私の自惚れでないのなら、目は合ったまま。
「よし、碓氷くんの挨拶も済んだ事だし、席を決めなきゃなんだけど…もう入学して一月程経つし、席替えも兼ねてしちゃいましょ」
 そう云って川西先生はさっさと黒板に席順を書いて数字を振ると、割り箸の束を出してきた。
 教室はざわざわと騒がしい。
 私は雪野と前後の今の席を気に入ってるからちょっと残念…だって、お昼とか前後だととっても楽だし、おしゃべりもしやすいもん。
「はい、この割り箸の先端に番号が書いてあるから、順番に取りにきなさーい」
 そんな私の気持ちを知らない先生は、さっさと話を進めてる。
 皆も思い思いあるみたいだけど、席替えは楽しみらしく我先にと引きに行く。
 仕方ないから私も雪野と連れ立ってくじを引きに行った。
 雪野も今の席を気に入ってたらしく二人目を合わせて苦笑する。
 先に雪野が引いて私が引くことになったけど、案の定席はバラバラだ。
 私は廊下側の一番後ろで、雪野は真ん中辺り。
 今まで近かった雪野の背中が遠くなって淋しい。けど、別にクラスだって一緒なんだし、ね。
 川西先生は皆がくじ引きおわると同時くらいに「座席表作っといてね」と云って次の授業に備えるべく急いで去っていった。
 私は気を取り直して机の上に積んでいた荷物に目を向ける。
 置き勉なんかしてるもんだから忘れ物もしない代わりに大荷物よ…
 仕方なく荷物を片付け始めると、隣の席の椅子ががたっと音をたてて引かれた。
 そこで私は初めて隣の席の人が誰かを知る。
 例の転校生の碓氷くんだった。
「よろしくね、塚山さん」
 あまりに自然に名前を呼ばれたものだから驚いた。
 何で名前知ってるんだろう?
 ああ…これかぁ。
 一瞬考えちゃったけど、たぶんこれだ、私が机に積み上げてる教科書の上のノートに書いてる名前。小学校の時からの癖でばっちりフルネームで書いてるし…
「えと、初めまして。こちらこそ、よろしくね」
 慌てて私も挨拶を返すと、碓井くんのまっすぐな瞳が一瞬悲しそうに曇った気がした。
 なんでこの人は私をこんな瞳でみるんだろう…なんでそんな悲しい顔をするんだろう…
 そのときの私には、思いつきもしなかった。
 その理由も、彼の想いさえも。
 それを知るのは、もう少し後の事。