ザー…ザー…
押しては引き、押しては引くという、規則的な波の音。
真っ白な砂浜に青い海。
そう、ここは夏のメッカ『海』
しかも、プライベートビーチ…らしい。
「先輩…私たちは山に行くのでは無かったでしょうか」
抑揚の無い声をわざと作って尋ねると、隣で車から志保の分の荷物を降ろしていた拓也は、サングラス越しににこりと微笑んだ。
なまじサングラス姿が似合っているだけムカつくと、理不尽な理由で志保は他の女の子なら息を呑んで見惚れたであろうそれを睨み付けた。
「志保がふたりっきりは嫌だっていうから他の奴らも呼んだだろ?」
…ええ、確かに私が言いましたよ。
貴方と二人っきりだなんて危険極まりないですからねっ。
ちなみに先輩のいう「他の奴ら」と言うのは生徒会メンバーの日高先輩と高屋先輩、双子のお姉さんの綾乃さん、それから、高屋先輩が連れて来たという雪野ちゃんっていう可愛い女の子たちを指す。
「ほら、ちゃんと言うこと聞いて上げたよね?」
「私は山がいいとも言いました!」
「志保は我儘だねぇ」
「騙したのはどっちよ!?」
不毛な口論。
分かってるわ。来ちゃったものは仕方ないって。
でもね、でもね、騙すなんてひどくない?
そもそも、こうなった経緯を話すとこれがまた悔しい話なんだけど…
そう、10日程前の事。
「志保、試験結果はどうだった?」
夏休み直前、私の夏休みを賭けた期末テストの成績が返ってきた。
当然勉強を見てくれた先輩がそれを尋ねてくるのは当たり前の事で、本来私から見せに行くべきものなのかもしれない。
でも、私はその結果を先輩には見せたくなかった。
それは結果が散々だったとか、見せられないような結果だからというわけではない。
「志保?」
黙ったまま目を泳がすように目を合わせようとしない私と視線を合わせるように先輩は一歩近寄ってきた。
ただでさえ身長差で負けているのに視界を遮られたら俯くしかない。
私は仕方なくカバンから成績表を抜き出して先輩に見せた。
「…うん、良く頑張ったね」
ざっとみて、それを返してくれた後、先輩は私の頭を撫でてくれた。
子供扱いみたいなそれも、先輩の手からされているのだと思うとなんとなく許せてしまうから不思議だ。
ちなみに結果はもちろん全部クリアしていて、数学は91点という快挙を成し遂げた。
数学があがった分、全体順位も上がったから、お母さんたちに見せて褒められても怒られるなんてことは無いはず。
じゃあ何で私が先輩に言うのを渋っていたかって?
それは別に理由がある。
「じゃあ、約束守って貰おうかな」
…ほら来たほら来た!
これよ、これが嫌だったからに他ならない。
「嫌です」
「俺まだ何も言ってないよ」
「い、嫌な予感が…」
「うん…やっぱり志保には動物みたいに野性の勘でもあるみたいだね」
そこさらっと肯定しないでください!
私はやや半泣きになりながら会長を睨み付けた。
そんな私のにらみなんか目の前のこの会長は気にも留めないだろうけどせずにはいられない。
「で、本題なんだけど、夏休みにどこか旅行しようかと思って」
「りょ、旅行ですか…?」
顔が引きつるのを自制出来ないのも仕方ないと許して欲しい。
会長と旅行…女の子同士で行くのとはわけが違うっ。
「うん、旅行」
「それは…どこに…誰と…?」
「ん?うちの別荘に志保と俺?」
「ひっ…!嫌っー!」
私は思わず叫んでしまった。
「心底嫌みたいだね」
にっこりと素敵な笑顔があるはずなのに、バックにブリザードが見えるのは私だけでしょうか…
はっ
なんて、しみじみと過去を振り返っている場合じゃない。
私は急いで意識を現実に戻すと、さりげなく私の荷物を持ってすたすたと別荘(先輩の家の所有らしい…)に行こうとする先輩の手から荷物をひったくった。
「何、折角持ってあげてるのに」
先輩が心外だという風に私を見下ろしてくる。
くっ、この身長差のハンデがまた腹立つのだけど、今はそんなの関係ない。
「その荷物どこに運ぼうとしていました…?」
「部屋だけど?」
「…ちなみに部屋割りは?」
「俺と志保。後はどうでも…」
「って良いわけないでしょー!!」
よりによって何でこんな大勢の中でカップルで泊っちゃうの!
ってか大勢じゃなくても絶対無理っ!
露骨に嫌そうな顔が出てたのか、先輩は一瞬面白くなさそうに顔を曇らせた後、またいつもの笑顔に戻って再び爆弾投下。
「付き合ってる男女が一緒に泊まってなにが悪いの?」
「っ…ま、まだ高校生ですし!」
「くす、志保、何を期待してるのかな?」
もう、どうしてこの人は言えば打った返すような人なんだろう…
しかも女の子になんてこというかな!
あんまりに意地悪な言葉に、私は何も言えず顔が赤くなるのを止められない。
悔しいよぉ…
「もう、拓也、それくらいにしといてあげなさい。志保ちゃんがかわいそうでしょ」
そこで先輩のお姉さんの綾乃さんが私を助けてくれるために間に入ってくれた。
私、綾乃さんの背中に天使の羽が見える気がする。
「あ、綾乃さぁ〜ん…」
思わず綾乃さんの後ろに隠れちゃう。
だって、ここで先輩と対等にやりあえるのはきっと綾乃さんだけだもん。
そんな私を綾乃さんはよしよしと撫でてくれる。
先輩がおもしろくなさそうにこっちみてるけど、無視!
見ないふり!
「今はみんなで来てるんだから、女の子は女の子同士で親睦深めましょ」
そうほほ笑む綾乃さんの笑顔に私はこくこくと大げさにうなづいた。
「ってわけで、志保ちゃんは貰って行くわね。30分後に玄関前集合で。OK?」
先輩と高屋先輩に強引に了承を取って、綾乃さんは女の子を連れて中に先に入って行く。
外観どおり、中もすっごくて、ほんとに漫画に出てくるような別荘なの。
プライベートビーチ付きなのも半端じゃなくすごいけど。
それに、お部屋にもね、全部屋バストイレ付き。
部屋数は結構あるんだけど、今回は親睦を兼ねて女の子は二人ずつに分かれることにしたの。
私と雪野ちゃん、綾乃さんと日高先輩。
雪野ちゃんはみんなと面識ないみたいだし、私が一番年が近いからってお姉さん方二人が気を利かせてくれたの。
二人とも優しいなぁ。
ってわけで、私と雪野ちゃんはお部屋に入ってまずは荷物の整理から始めた。
「えと、じゃあ、志保さんは今日、山に行くと思ってたんですか?」
おずおずといった風に雪野ちゃんが私に尋ねてくる。
そうだよね、みんな初対面みたいな人たちばっかりだし雪野ちゃんだって不安だよね。
「そう…山でみんなも一緒だって言うからね。だから私、水着なんて持ってないんだけどどうしよう」
「そうなんだ…私は蒼くんに最初から海だって聞いてたんだけど・・・」
「あおくん?あ、高屋先輩のこと?そっか、二人とも幼馴染なんだもんね」
「はい…今回の旅行も、ずっと前から、期末試験の時くらいから話は聞いてて…私も蒼くんが誘ってくれて、お母さんもテストの出来次第で行っていいよって言ってくれたんです」
そっか、わかった。高屋先輩がテスト勉強教えてあげてた子ってこの子なんだー。
なんて、考えるのはそこじゃない。今の雪野ちゃんの話を分析すると、この計画は大分前から立てられてたってことよね…?私、またしても先輩のいいように動かされてるし…いい加減なれたけど、学習能力のない自分に泣けてきた…
「志保さん…?具合悪いんですか…?」
黙って俯いた私を気遣って雪野ちゃんが心配そうに私を覗きこむ。
うう、なんていい子なの!この際、あの悪魔以外みんないい人に見えてくる…
「ううん、なんでもないの…心配してくれてありがとう。さ、雪野ちゃんは早く着替えて海で遊んできて?」
なんとか笑顔を作って答えたんだけど、雪野ちゃんは心配そうにまだ私を見ている。
「でも…」
「いいのいいの、私、水着も持ってきてないし、焼けるの嫌だからちょうどいいの。ね?」
なるだけ明るくそう言って、私は雪野ちゃんを急きたてた。
まだ腑に落ちないようだけど、ひとまず雪野ちゃんも海に行く用意を始めてくれた。
正直、海は好きなんだけど、何がいやって会長の前で水着になるのがちょっと…
----コンコン
雪野ちゃんが着替え終わってパーカーをはおったのと同時くらいに部屋がノックされる。
「はい?」
とりあえず、手もちぶたさな私が部屋のドアを開いた。
「志保ちゃんに渡し忘れてたものがあって」
そこにいたのは綾乃さんだ。綾乃さんはまだ着替えてないらしくて来た時と同じ恰好してた。
「え?」
突然ばさっと渡された紙袋に、私は思わず受け取ってしまう。
「早く支度して頂戴ね」
去り際に意味深な笑みを残して、綾乃さんは早々に立ち去った。
いや、これ、なんですか…?
続きます…