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彼女の難題 <3>



「結局寝れなかった…」
 カーテンの隙間から差し込むさわやかな光と、スズメの囀りがちょっと憎らしい。
 今日は土曜日。
 約束では、先輩の家に勉強を教えてもらいにいくことになっている。
 ちなみに今は9時ちょっと過ぎ。
 そろそろ支度を始めないといけないわけなのだが…
「い、嫌かも…」
 私は再び布団にもぐりこんで、頭から布団を被った。
 何が嫌かって、会長と密室、二人っきり…
 はっきりいって、怖いんです。
 だって、相手があの会長よ?何されるか分かったもんじゃない…
 いや、一応彼氏サマである会長に対して思うようなことじゃないって分かってるんだけど、だけど…ね…
---------♪♪〜♪〜♪〜♪
 布団の中で首を右往左往していると、携帯の着信音が入ってきた。
 音を聞いた途端、私の身体は硬直する。
 そして、中々その携帯に手を伸ばせない。
 なぜかといえば、その着メロは指定着メロで、その指定の相手は他の誰でもなく、会長限定。
 ちなみに曲は最初、世にも奇妙な物語のテーマにしてたんだけど、会長に気づかれて、今のものは会長が好きらしい洋楽の曲に勝手に変えられたものだ。ちなみに私は知らない曲。
 てか、これ電話だよ、どうしよ、出ないと、でも…いや、出ないと後が怖い!
 すぐさま脳内処理して、私はぱっと携帯を開き、通話ボタンを押した。
「もっ、もしもしっ」
『おはよう、起きてたんだね。』
 うわぁ、やっぱ先輩って声もいいんだよねぇ、この程よい低さ。
 電話だと、より耳元近く感じるから、どきどきする。
「起きてます…」
 ってか、寝てません…
『良かった。もうちょっとしたら迎えにいくから用意しておくように』
「は、はい…」
『じゃあ、また後で』
「はい、また…」
 会話の内容はたったそれだけで終わった。
 けど、その電話は、私を急かすには十分効果があった。
 先輩が来る!
 ベッドから飛び出て、洋服ダンスから適当な服を見繕って洗面所に駆け込んだ。
 ご家族の方がいらっしゃるかも知れないから、なるべく落ち着いた格好を…なんて、考えながら物色すると、これが中々難しい。
 部屋に戻ったらカバンに教科書を詰め込んでいく。
 忘れ物なんかあったら絶対それを武器にしていじめられる自信がある。いやな自信だけど。
「よし、なんとか…」
---------♪♪〜♪〜♪〜♪
 そこで、また携帯が鳴った。
 今度はメールのようだ。
【本文:着いたよ。】
 どうやら先輩はもう着いてしまったらしい。
「早いですね…」
 がちゃっと戸を開ければ、そこに見慣れた先輩の姿があった。
 ただし、いつもみたいに制服じゃなくて、私服だけどね。
 黒のジーンズに、Tシャツきて、その上からシャツを羽織ってるっていう簡単な格好。
 でも、やっぱり元がいいからどんな格好しててもかっこいいんだよねぇ、悔しいけど。
「そう?もう10時5分前だし、こんなもんでしょ。」
「あ、本当…」
 携帯を覗くと、確かに先輩はきっちり5分前にメールを送信してきてる。
「志保は時間配分苦手なタイプだね」
「どうせ文系ですよーだ」
「時間配分に文系理系関係ないと思うけどね」
 もうっ。会長はああいえばこういうの見本みたい。やっぱ今日もイジワルだ。
「さ、行こう」
 そう行って、さりげなく私の教科書の詰まった重いカバンを持ってくれる。
 …こういうところは優しいんだけどね。
「ありがとうございます」
 素直にお礼を言って、私は先輩の後ろを追いかける。

「家、近いんでしたよね?」
「うん。志保の家から俺だけだと10分くらいで着く事もあるよ。志保だと15分くらいじゃないかな」
「コンパスの差ですかねぇ」
「そうだろね」
「ま、歩いて15分くらいなら近いですよね。私歩くの嫌いじゃないですし…って、ああ!」
 私はあることを突然思い出して思わず叫んだ。
「いきなり大声出してどうしたの?」
 先輩がちょっと驚いた風に尋ねてくる。
「お家にお邪魔するのに、手ぶらです…」
「そんなのいらないから」
「で、でも」
「そんなに気を遣わなくて大丈夫。それに今日、親いないから」
「えっ!?」
「志保、そんなあからさまに距離作らなくても…」
 思わず一歩引いてしまった私を会長が目を細めて睨む。
「だっ、だって…」
「綾乃はいるよ」
「あ、そうなんですか」
 あからさまに声を明るくしてしまった私を今度はは不機嫌そうにみてきた。
「俺と二人きりだと何か問題でもあるの?」
「い、いえ…」
 あるというか先輩と二人きりなんて身の危険を感じるんです…
 そんなこと口に出す勇気は私にはないから内心で溢すんだけど
「ふぅん。」
 うう、また心読まれてるし
 あたふたとどう言っていいのか私が考えあぐねていると、先輩がぽんって頭に触れてきた。
「大丈夫、今日は勉強のために来るんだし、志保の嫌がることはしないよ」
 くすっと笑って先輩が頭を撫でてくる。
 きっとこの人には何でも御見通しなんだろうな…


「うわぁ…」
 案内された先輩の家に一歩踏み入れた時の感想がこれだった。
「志保、口開いてる」
「だ、だって先輩、ここに来るまでも凄かったですけど、中も凄い…」
 玄関までもガーデニングの見事なきれいな庭や高そうな車に驚かされたけど、中も十分広くて、アンティークっぽい壺とか高そうな絵画がある。
 玄関のこれって大理石だと思うし…
 これはもう家っていうよりお屋敷だよ、ほんと。
 辛うじて土足じゃないけどさ。
「お帰りなさい、ぼっちゃま」
 玄関で靴からスリッパに履き替えていると、中から50代は過ぎていると思われる女性が出てきた。
「ただいま。菊さん。紹介するよ、こっちが高宮志保さん、俺の彼女。」
 紹介してもらって慌ててぺこりと頭を下げる。
「まぁ…この方が…使用人の菊恵です。ぼっちゃんが生まれる前からこの家に仕えさせて頂いております。」
 菊さんと呼ばれる女性が顔を綻ばせ、同じように腰を曲げて丁寧にあいさつを返してくれた。
 長年仕えてるだけあって貫禄があるけど、笑った顔はとても暖かい。
 うん、こういう女性って好き。
「それにしてもぼっちゃまがこの家に女性を連れて来られるなんて初めてです。ささ、ぼっちゃま、御通しして差し上げてください。菊はお茶の用意をしてまいります」
 そう言って菊さんはぱたぱたと奥に云ってしまった。
「あ、お構いなく…」
 当然私の言葉が届いているはずもない。
「気にしなくていいよ、菊さん、志保に会いたがってたからきっと嬉しいんだろうし」
「会長、私の話したんですか?」
「いや、志保迎えに行くから朝早く出るだろ?で、綾乃がバラしたから」
 ああ、納得。
 そうだよね、家のこと任されてるんだもん、家人の時間は把握してるだろうし毎朝早く出てたら疑問に思うよね。
 ちなみに会長の送り迎えはまだ続いてる。
 たまに用があるときとかは無理だけど、それ以外はほとんど。
「ほら、こっち」
 案内された会長の部屋は二階の奥の方だった。
「うわぁ…」
 本日何回目の感嘆符だろう。
 中に入って驚いたのはまず広さだ。うちの2倍以上はあると思う。
 試しに聞いてみると、日本間の18畳らしい。ってうちのリビングより広いよ…
 あとは至ってシンプルなんだけど、置かれているものに驚いた。テレビが最新の液晶で、DVDデッキが今CM真っ只中のもの、あと机にパソコンや周辺機器が置いてあったり、とにかく凄い。あのベッドもセミタブルサイズだよ…
「志保、また口開いてる…くすくす。」
 会長にガラステーブルのトコに座るように云われたから、おとなしく隣に座る。
「だって、凄いですよ、この部屋。最新機器ばっかりだし豪勢」
「あー、確かに、贅沢品ばっかりだよね。でもそれ、うちの系列の会社のだから試しに色々くるんだよ」
「はぁ、なるほど…さすがですね…」
 住む世界が違いすぎると感心して頷いていると、部屋が軽くノックされた。
「いらっしゃい、志保ちゃん〜」
 綾乃さんだ。
「菊さんから来てるって聞いてお茶あずかってきたよ」
 言葉どおり、綾乃さんは手にトレーを持っていた。
「こんにちは、お邪魔してます」
「ゆっくりしてってね。拓也が初めて女の子連れてきたって菊さん喜んでお昼の材料買いにいったんだから。たぶん晩ご飯も作る気よ」
 なんて綾乃さんは笑ってるけど、私は笑えない。
 だってそんなの悪いもん。
 どうしようかと考えていると、会長と目があった。
「菊さんは嬉しいんだよ、だから気にしなくていいよ。むしろ菊さんの楽しみなんだから奪ったら可哀相だろ?」
 そういわれたら、何も云えない…
「そうそう、拓也の云う通りなんだから気にしないのー。じゃ、私はこれから出掛けるからゆっくりしていってね。夕飯には戻るからその時女同士、拓也の悪口で盛り上がりましょ」
 そう云って綾乃さんはひらひらと手を振って出ていった。
 なんだ、綾乃さんいなくなるのかぁ…ってことは先輩と二人きり!?
 いやいや、菊さんがいるし違うけど…でもでも
「さ、勉強しようか」
 そうでした…勉強です…自ら一番大事なことを忘れてるなんて私馬鹿…?
 
 
 それから2時間くらいかなり真剣に問題を解いていたと思う。
 でも、中々正解率が上がらなくて、煮詰まっていると、菊さんからお昼ご飯の声がかかった。
「わ、おいしいです…」
 海鮮丼に、お味噌汁と茶碗蒸し。
 小一時間豪華なお昼ご飯を頂きながら、菊さんと喋ったりして、お昼からはまた勉強だ。
「うぅ…落ちる…」
 弱気になってうなだれる。
 前よりはこれでも解けるようにはなったけど、これではまだまだ目標点に届かない。
 だって教えて貰った時はわかるんだけどいざ解くとなると難しいんだもん。
「数学は数こなすのが一番だから」
 そうは云うけど、数がこなせないんです…
「公式は覚えてるんだから入れるだけなんだけどね」
「難しいんですよ〜」
「…じゃあ、ペナルティつけようか」
 いきなり先輩の提案に私はぎょっとなった。
 罰なんて…なんか嫌な予感するんですけどっ!
「対した事じゃないよ。一時間でこのページからこのページの問題解いて半分間違ったら」
「間違ったら…?」
「志保からキス一回ね?」
 ね?ってそんな綺麗な笑顔で云われても同意出来るわけないじゃない!
「む、無理っていうか、じゃあ、私が解けたらどうするんですか…」
「んー、その時は俺からするよ」
 俺からするよじゃなーいっ
「じゃあ、志保、カウント開始ね、あの時計で…5,4,…」
「わ、わわ、あわ、あ!」
「…1,0!」
 結局私は先輩の罠にハマってしまった…
 黄昏ても、時間…もとい、先輩は待ってくれないわけで、それからの一時間、私は今までの人生で一番集中したんじゃないかっていうくらいの集中力を発揮した。